ロサンゼルスからの日々


by nikkeilife
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ピッツバーグ再び

いつの事か忘れそうですけど、ピッツバーグ旅行記、まだ行きます。終わらせないと、後がつっかえてるので。
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前回、ストリップディストリクトを歩き回って、ダウンタウンに向かっていたら、面白い建物がありました。いや、実はこれが目的で来たんですが。



ケチャップと言えばハインズ。ピッツバーグはハインズ会社の発祥地だったんですね。頭の隅で分かっていたような気がするけど、やっぱり、へ〜、と思ってしまいました。そういえばケーリー大統領候補の奥さん、ハインズ氏の未亡人でしたね。

ピッツバーグ支社で会った人に勧められたハインズ歴史センター。文化や歴史、博物館巡りが好きな私にはもってこいです。このビル自体も年季が入っています。それもそう、1898年に製氷会社の倉庫として立てられたらしい。1952年、冷蔵庫が一般家庭に普及され、製氷会社が閉鎖された後は木材会社に売られ、その後もう一回売られた後は、無人ビルになったそうです。1991年に歴史協会が買い取り、横に5階建てのビルを建設して今の歴史センターとして1996年に開館しました。入ってすぐにこの車。全製鉄で作られたスゴいもんです。ピッツバーグは製鉄の町。その名残がこの車にこもっている気がします。
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入場料を払って館内へ入って行ったら目についたのがこれ。ピッツバーグの奴隷制度についての展示会。難題ですが真っすぐに向き合って展覧している姿勢には感心しました。
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ホールに入ってすぐはペンシルバニア州の歴史。1681年にクエーカー教徒のウィリアム∙ペン氏が英国王から土地を授与されたことで英国領土として設立されました。そのころから奴隷制度はあったものの、1780年、奴隷制度を序々に廃止する法律が制定されたそう。しかし、これは同年以降に生まれた黒人にしか当てはまらないし、それも自由になる訳ではなく、28年も契約労働人として奴隷状態に使われることになったという。こういった歴史を描いたパネルを貼ったホールを抜けると何枚もの古い書類が展示されてました。
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「Freedom Papers」といって1792年から1857年の間に、黒人住民の自由を証明する書類。ここに展示されている物は全部2007年、アレゲニー郡記録係のオフィスで見つかったもの。200年以上古い書類がつい最近見つかったなんてスゴいです。近くに寄って読んでみると、奴隷所有者から自由を与えられた人や貯めたお金で自由を買い取った事実が書き留められています。自由になったといっても、奴隷と間違えられたり、誘拐され奴隷として売り飛ばされる危険が大きい時世。こういった書類を記録係に納める事はとても大事だったそうです。書類自体はちょっと読みにくいので下に概要がパネルに書かれてます。これはウィリアム∙ハリス氏の自由証明書。ジェイムス∙ウィルソンと言う人が、ハリス氏はウィルソン家でウェイターとして働いていた事があり、ハリス氏は自由であることを証言したと書いてありました。
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次は逃亡した奴隷達。実在した5人の逃亡記録を展示してます。右側はヘンリーブラウン(あだ名ボックスブラウン)の経験。彼は1849年に木材の箱に自分を詰めて、白人の店主によりバージニア州リッチモンド市からペンシルバニア州フィラデルフィア市へ送られたそう。350マイル(480km)の旅路を列車2台、蒸気船、そして配達馬車により、27時間後無事に到着したとはビックリ。その後この経験を記録した本を出版したそう。左の女の子はドレネン奴隷女子。14歳の時、奴隷として所有者のドレネン家族とピッツバーグのモノンガヘラハウスという高級ホテルへ来ました。トランクからドレネン家族の服を出した後、使用後の服を詰め直し、それから消えてしまったそう。ピッツバーグには逃亡する奴隷を助ける救出団体があり、その一部がこの子の逃亡を手伝ったと思われるそう。
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左端のカップルはクラフト夫婦。1848年、ジョージア州から列車や蒸気船にのりフィラデルフィアへ逃亡する時、手の込んだ対策を練りました。クラフト婦人は黒人にしては色白だったので、彼女を男装させ、病弱な白人紳士と彼の奴隷として旅に出たそう。8日間かけ無事にフィラデルフィアへついた後、ボストンへ越して、その後渡英しました。真ん中はヘンリー∙ハイランド∙ガーネット。1824年、9歳の時、家族と一緒に葬式の為メリーランド州にある所有者の土地を出る事を許可され、その足で10人家族はワゴンと徒歩でペンシルバニア州迄行きました。自由となったヘンリーは勉強にとても興味を持ち、大人になってからはピッツバーグの英バリー大学の学長を勤めたりしたそう。勇敢なストーリーそれぞれに胸を打たれました。
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アメリカ奴隷制度といったらリンカーン大統領にふれない訳がありません。リンカーンとピッツバーグのつながりはないと思いますが、ピッツバーグにも反奴隷制度運動もあり、南北戦争から奴隷解放宣言までの歴史が細々と描かれてました。
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最後にこの展示会のタイトルについて触れていました。「Free At Last?」と最後にハテナマークがついてますね。それは勿論意図的にされた事。奴隷制度がなくなり、黒人はスポーツ選手、芸能スター、政治家などとして活躍する現在。しかし、黒人は本当に自由なのだろうか。奴隷制度が廃止された後は人種差別がわき上がり、19世紀後半から今世紀に入る迄黒人や他の小数派民も苦闘する事になります。そういった背景を忘れないようにこういった展示会を開くのは大切だと思います。このパネルにオバマ大統領も写ってますが、ここに来たのは、実は大統領選挙が行われた後の週末。オバマ氏当選の興奮が未ださめぬうち、ただ単純に喜ぶだけでなく、色々な事をかんがえさせてくれる、本当にタイムリーな展示会を見れました。
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このハインズセンター、まだ見た所あるんですが、この記事が思ったより長くなったので、後半に分けます。(未だ続く〜)この後の内容はこれ程難しく無いのでパパッとアップしていきたいと願っています。(笑)
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by nikkeilife | 2009-04-01 15:23 | 旅行